☆個々のページを開いてます。続けて読む時は「前頁にもどるかも・・・」でトップに戻るか左側ナビゲーションの「カテゴリー別」や右側の「タイトル一覧」からのーとを選んで下さい☆

この人はもしかしてテツじゃないの

前回「秘境駅」の話をしましたが、一部のコアなテツ好きの患者さんからの熱いラブコール(約3名)に答えて渋々登場した幻の院長です。

前回、特段鉄道に詳しいわけでもないのに、なぜかだれもいない駅でぼーとしているのが趣味と書きましたが、その理由はたぶん中学時代にあるような気がします。
もう30年以上前の話ですが・・・

まあ、もう忘れたかもしれませんが、中学時代の特に男の子は家を出て誰も知らないところを旅したいという願望はたぶんみなさん持っているものですが、小学生のころから放浪癖のあった幻の院長少年はよく親に内緒でこっそり旅に出てたりしました。

もちろん中学生を泊めてくれる旅館やホテルはないのですが、当時は真夜中に走っている夜行列車や青函連絡船がありましたので、うまく時刻表を組み合わせて昼は徒歩、夜は車中泊で結構遠くまで行ってたりしました。

さすがに車中泊できないときは、始発を待っているということで駅に新聞紙にくるまって泊まってたりしました。

ただ、あまり大きな駅だとすぐに補導されるので、だれも降りないようの辺境の駅によく泊まっていたので、その当時からなんとなく寂れた駅には親しみがあるのかもしれません。

高校、大学時代も本当は鉄道研究会、いわゆる「鉄研」に興味はあったのですが、今でもそうですが、当時も「鉄研」は一般的に暗―いオタクのイメージがありなかなか一般人が近づき難いものがあり、本当の気持ちとはうらはらに根が明るいイメージの硬式テニスなどに青春のほとんどを費やしていました。

ですからうちのかみさんとはもう20年以上の付き合いがありますが、鉄道に興味があるとカミングアウトしたのは「不惑の歳」を越えたつい最近のことです。
それまではなぜかなかなか言えずに、ひたすら隠していました。

ただ、東京や大阪の学会の帰りに飛行機で数時間で帰れるのに意味なく鉄道を乗り継いで数日で帰ってきたり、小さな子供が3人もいるのにドライブと称して意味なく辺境の駅をめぐったり、ハイキングと称して意味なく廃線の跡を歩いたり、何処に行くわけでもないのに意味なく時刻表が毎月あったりして「この人はもしかしてテツじゃないの」という疑念は10年以上前からかみさんはいだいていたようです。

そのカミングアウトのきっかけになったのは3年前の夏休みの家族旅行の行き先を知る人ぞ知るキングオブ秘境駅の「小幌駅」に無理矢理してしまったことです。
今、思えばちょっと子供たちにはかわいそうでしたが・・・

今回は長くなりましたのでここまで。
誰も聞きたくはないと思いますがキングオブ秘境駅の「小幌駅」の話は次回します。

ここ数年は「コンサ」だ「テツ」だとマニアックな話が続いているので明らかに一般の人の支持を失っていることにまだ気づかない幻の院長でした。